Interview インタビュー Vol. 002

新田先生、今は、AIの第三次ブームなんですね

Vol. 002

新田 克己 先生 Katsumi Nitta

データサイエンス・AI全学教育機構 特任教授

専門分野:人工知能と法律 / 対話情報学 / 数理論理学

鉄腕アトムに熱中してロボットをつくりたいがために、科学者を夢見た新田先生の学生時代は人工知能(以下AI)の冬の時代。パターン認識の研究をする傍ら法律の受験雑誌を読み漁り、AIの研究ができる就職先を見つけ、世界で最初のAIの国家プロジェクトである第五世代コンピュータプロジェクトに関わることになりますが、すぐにブームが去ることに。それでも、人工知能の研究で培った幅広い分野の人材や企業とのつながりは、データサイエンス・AI全学教育機構にとって貴重な存在です。
新田先生、今は、AIの第三次ブームなんですね

新田 克己 先生 Katsumi Nitta

データサイエンス・AI全学教育機構 特任教授

専門分野:人工知能と法律 / 対話情報学 / 数理論理学

鉄腕アトムに熱中してロボットをつくりたいがために、科学者を夢見た新田先生の学生時代は人工知能(以下AI)の冬の時代。パターン認識の研究をする傍ら法律の受験雑誌を読み漁り、AIの研究ができる就職先を見つけ、世界で最初のAIの国家プロジェクトである第五世代コンピュータプロジェクトに関わることになりますが、すぐにブームが去ることに。それでも、人工知能の研究で培った幅広い分野の人材や企業とのつながりは、データサイエンス・AI全学教育機構にとって貴重な存在です。

今は、AIの第三次ブームなんですね

新田先生の専門研究分野をできるだけ分かりやすく言うと、どのような分野になるでしょうか? 

一つは法律人工知能という分野です。AIの技術を使って法律家の手助けをすること、例えば判決の予測をしたり判例を検索したりする研究です。

もう一つは対話情報学という、人間とコンピュータが対話をする分野です。これは単なる言葉のやりとりだけではなくて、テレビカメラとマイクを使って相手を観察し、相手の感情を推測しながら、話題を動的に変えていくという研究です。人は緊張してくると声が上ずったり、話すスピードが速くなったり、体が前のめりになったりと、いろいろ変化が現れますが、これらの情報を観察して感情予測をします。対話の対象は、単なる雑談ではなく交渉を題材にしており、交渉の途中で人間が焦り始めたのか、まだ余裕を持っているかなどをコンピュータが推測して適切な発言を選択します。

法律人工知能と対話情報の研究は必ずしも別物ではありません。裁判の中でも原告と被告のやり取りの中で相手の心を推測するような要素がありますから、法律人工知能研究の発展として自然に対話情報の研究に進んできたことになります。

新田先生、今は、AIの第三次ブームなんですね

感情予測という言葉がありましたが、人間の感情を数値化できるものなのですか?

いろいろな観測データを数値化していますけれど、それがどのくらい意味があるかというのはまだ実証されていません。

例えば議論が有利か不利かという軸(数値)と相手が興奮してるかどうかという軸(数値)などで相手の感情を予測したとしても、まずその精度が問題となります。また仮に高い精度で感情が推測できたとしても、相手が弱気になったら、コンピュータ側が「それでは妥協してやるか」と判断するか、「もっと利益を多く取ろう」と判断するか、正解は一つではないんですね。いろいろなパラメーターを調整して、どういう場面でどういう発言戦略が役に立つかを判断するには膨大な実験が必要になります。

どのようなきっかけでその分野を選ばれましたか?

AIに関わる仕事をやりたいと子供の頃からずっと思っていたのですが、当時、AIの研究を行っている研究室は東京工業大学にはなかったので、コンピュータをなるべく個人で使える環境がある研究室を選びました。

就職する時もAIを研究できる会社を選ぼうと思ったのですが、当時、そのような就職先は日本には数が多くありませんでした。私は電子技術総合研究所(現、産業技術総合研究所)に就職し、ようやくAIの研究を始めることができました。

新田先生、今は、AIの第三次ブームなんですね

では、学生時代は、どのようなことを学んでいたのですか?

学生時代は、主にパターン認識関連の研究をしていました。具体的には、画像処理の研究として、画像の中から顔を検出する研究や、画像信号を画質を落とさずに圧縮する研究や、画像の立体視などの研究を行っていました。

一方、法律にすごく興味を持っていまして、通学時に法律の受験雑誌を読んでいました。ですので、将来、AIの研究をするなら、法律への応用を研究するのが社会的にも影響があって面白いなと思っておりました。また在学中に所属していた研究室では、各人の研究テーマのほかに、形式論理学に関する勉強会を開いておりました。第二次ブームのAIは、論理学が理論的な基礎だったし、その知識は、AIの法律への応用を研究するときも役に立ちました。

先生が東京工業大学に入学されたのは何年ですか?

1971年に入学し、博士後期課程を出たのが1980年です。在学中は、AIの研究は期待もされないし研究資金も取れないという、いわゆる冬の時代でした。今では考えられないと思います。でも私が1980年に電子技術総合研究所へ就職した頃は、ちょうどAIの第二次ブームの始まりで、非常にタイミングが良かったのです。

電子技術総合研究所は世界で最初のAIの国家プロジェクトの「第五世代コンピュータプロジェクト」を立ち上げるときでした。このプロジェクトは今と同じようにマスコミにもたくさん取り上げられたのですが、第二次ブームは数年で去ってしまいました。盛り上がりがあっただけに、その反動は大きかったですね。

なぜ第二次ブームは数年で終わったのでしょうか?

第二次ブームは、専門家の代わりとなるコンピュータシステムを作ることが多くの研究者の目的でした。世界中で医療診断や機械の故障診断や自然言語処理など、多くのシステムが作られました。

第五世代コンピュータプロジェクトでは、それらの専門家システムを開発するための環境を、ハードウェアから、基本ソフト、コンピュータ言語、応用システムに至るまで一貫した思想で統合しようとしたのです。プロジェクトでは自然言語処理やさまざまな応用ソフトが開発されたのですが、ブレイクスルーを起こすほどの応用システムが開発できず期待外れとなりました。

コンピュータパワーも足りないし、当時は、まずデータを自分たちで集めないと入手できない時代でした。そのため、使える手法も限られていたということですね。また専門知識を全部ルールで書かなければいけませんでした。ルールを正確に漏れなく書くことにすごく手間がかかり、いくらルールを作っても追いつきませんでした。

今ならニューラルネットワークに代表される機械学習が中心ですよね。ニューラルネットワークなら、人がルールを書かなくても、データから問題を解くための知識を抽出できるので、そういう問題はかなり解消しました。

データサイエンス・AI全学教育機構のオムニバス授業が学生と企業を結ぶ

新田先生、今は、AIの第三次ブームなんですね
新田先生、今は、AIの第三次ブームなんですね

ともすると、データサイエンス・AIとか、東京工業大学と言えば理工系のものという印象を受けますが、先生の専門分野の法律との関係はどのようなところでしょうか?

もともとデータサイエンスとAIは、そこだけに閉じている分野ではなくて、いろいろな専門分野と組んで能力を発揮する学問だと思います。法律もその一つで、判決予測や判決文の論理検証や調停支援や法律情報の検索に貢献しますし、逆にその法律分野からデータサイエンス・AIの多様な研究テーマが得られます。

最近では、法律事務所も契約文書のレビューやAIを使った法律相談や特定の裁判の判決予測のようなサービスを行いますが、これらのサービスには深層学習が用いられています。もともと法律は自然言語処理や形式論理との関係が深いので、文科系でありながら、理工系に共通する部分も多いのではないでしょうか。

また私は第五世代コンピュータプロジェクトにおいては、応用システムとして、遺伝子データの解析、囲碁システム、回路の設計支援、法律の論争システムなどを自らのチームで開発してきただけでなく、企業へ委託した多くの研究のプログラム開発の助言を与えることも主要な業務でした。このプロジェクトで開発したコンピュータは1000台規模の並列処理を行うため、効率の良いプログラムを作成するのには経験が必要だったからです。

その接点の広さから、企業の方を招いて大学院のオムニバス授業を担当されているわけですね。

その経験は役に立っていると思います。大学院の全学教育は、基盤系科目群と応用・実践系科目群の二つの柱があります。基盤系科目群は東京工業大学の教員によるもので、データサイエンス・AIの重要な理論の教育とプログラム演習を行っています。

一方、応用・実践系科目群は連携企業の方をお招きして、企業の中でデータサイエンスやAIをどのように応用しているかについて、講義いただいています。連携企業は、IT系、金融系、素材系、電気系、重工業系、建築土木系ほかの業種など約40社が参加しています。さまざまな業種の方々に講義いただくと、予想もしないところでデータサイエンスやAIが使われていることが分かり、学生さんの視野も拡がるし、基盤系科目群に対する学習意欲も高まると思います。

ただし、企業の講師の方もどのような講義をしたら良いのか、とまどうこともあると思うので、講義内容や演習課題について事前に講師の方と相談させていただくことも多いです。

企業と学生とのパイプ作りにもなるんですね。

企業の方はそれを期待していると思います。例えば、「素材系の会社では、製品開発にこのようにデータサイエンスを使っています」ということを、企業としてうまく宣伝できますし、学生もそれに興味を持てば、就職対象として考えてみようかということになるかと思います。毎年、応用・実践系科目群は受講生がどんどん増えてきていまして、非常にありがたいことだと思います。

授業以外でも、今年度は2回、企業の方と学生との交流会「DS&AIフォーラム」を開催します。企業から、自分の会社ではこういうことを行っているという会社紹介をしていただいて、その後、企業別に個別に分かれて、学生と企業が対話できる機会を設けています。このフォーラムによって、将来の自分のキャリア形成のために役立つような情報を学生に与えてあげられればと思っています。

鉄腕アトムとテニスと法律と新田先生の親密な関係

先生の学生時代はAIの冬の時代とおっしゃっていましたが、AIという言葉はありましたか?

私が生まれた年に鉄腕アトムという漫画の連載が始まりました。私の世代でAIの研究をしている人はみんな鉄腕アトムを見て育って、それでAIに興味を持ち始めました。当時はAIではなく電子頭脳と呼んでいたと思います。

鉄腕アトムの連載開始の4年後にアメリカでコンピュータに知的活動をさせるための課題を議論するダートマス会議が開催され、そこでArtificial Intelligenceという言葉が作られました。その時から始まったのが第一次AIブームで、その後、第二次AIブームがあり、今が第三次AIブームと言われています。私の学生時代は第一次ブームと第二次ブームの間の冬の時代だったので、AIという言葉はありましたが、それほどポピュラーではなかったと思います。

新田先生、今は、AIの第三次ブームなんですね

どのような学生生活を送っていたのですか?

クラブ活動はテニスをやっておりました。コンピュータ環境に恵まれた研究室に入ることができたので、研究の合間に、簡単なTVゲームを自作して遊んでおりました。研究室でゲームに夢中になって徹夜したこともあります。

また、前にもお話ししたように趣味としては法律に非常に興味があり、受験雑誌を読んでおりました。法律は理科系の要素もあるので、弁護士さんの中にも理科系出身の方が結構いるのだと思います。法律は社会的影響もありますね。例えば、法律の相談システムを開発する意義ですが、アメリカの論文に、「お金持ちが高い弁護士を雇って裁判を有利にすることは不公平であり、貧しい人でも公平に裁判を受けられるようにすることが相談システムを開発する動機である」という記述がありました。

法律家になろうとは思わなかったんですか?

就職後に法律事務所から「理系の弁護士が必要なので、うちに転職するなら司法試験の勉強を支援する」とお誘いを受けましたが、そのときは法律家になろうとは思いませんでした。

その後、電子技術総合研究所で特許法の相談システムを開発したときに、特許法の勉強を熱心に行ったものですから、知財の資格試験である弁理士試験に挑戦し、合格することができました。そのときも特許事務所からお誘いを受けたのですが、結局は研究を続けることを選択して今に至っています。

数学のように誰でもがデータサイエンス・AIを知る時代の学び

最後に、在学生や東京工業大学を目指している受験生へのメッセージをお願いいたします。

データサイエンスとかAIは、今までの科学に大きな改革をもたらす起爆剤になり得ます。他に専門分野を持っている方でも、データサイエンスやAIをマスターしていただければ、その専門分野で活躍する機会がさらに広がるのではないかと思っています。

東京工業大学では、どの学院に属していてもデータサイエンスやAIの勉強ができる全学教育のカリキュラムを用意しているので、どんどんご利用ください。

新田先生、今は、AIの第三次ブームなんですね

オフレコ・トーク

漫画「鉄腕アトム」では、鉄腕アトムが2003年4月7日に完成されたという設定になっています。1952年の連載開始当時は半世紀もあれば、鉄腕アトムが完成すると想定したのでしょう。

しかし実際は連載開始から71年後の2023年になっても未だに鉄腕アトムのような知的なロボットは作られていません。鉄腕アトムの設計図を見ると、知能をつかさどる「Electronic Brain」のパーツの他に、善悪を判断する「Heart」のパーツが描かれています。現在のAI研究は、Heartの機能を実現することができるのでしょうか。

また、1984年に公開された映画「ターミネーター」では、約半世紀後の2029年にはマシンが人類を支配しているという設定でした。2029年はもうすぐですね。