Interview インタビュー Vol. 001

柳澤先生、いまさらですが、データサイエンス・AI全学教育機構って何?

Vol. 001

柳澤 渓甫 先生 Keisuke Yanagisawa

情報理工学院 助教

専門分野:バイオインフォマティクス / 創薬支援計算 / 機械学習応用

本当は化学が好きだったにもかかわらず生来の怖がりのせいで、自分では“サブ”と思っていたパソコンの道を選んだ柳澤先生。それが時代を揺るがすデータサイエンス研究の先頭を走るきっかけとなり、さらにはデータサイエンス・AIのエキスパートを育成する全学組織で、共創型のクリエイティブな人材の種を日本だけでなく世界にまで蒔こうとしています。
柳澤先生、いまさらですが、データサイエンス・AI全学教育機構って何?

柳澤 渓甫 先生 Keisuke Yanagisawa

情報理工学院 助教

専門分野:バイオインフォマティクス / 創薬支援計算 / 機械学習応用

本当は化学が好きだったにもかかわらず生来の怖がりのせいで、自分では“サブ”と思っていたパソコンの道を選んだ柳澤先生。それが時代を揺るがすデータサイエンス研究の先頭を走るきっかけとなり、さらにはデータサイエンス・AIのエキスパートを育成する全学組織で、共創型のクリエイティブな人材の種を日本だけでなく世界にまで蒔こうとしています。

いまさらですが、データサイエンス・AI全学教育機構って何?

柳澤先生は、「データサイエンス・AI全学教育機構(以下DS・AI機構)」の発足から関わってこられたわけですが、発足当時のことを少しお話しいただけますでしょうか?

DS・AI機構は2022年12月に正式に発足したのですが、その前にかなり長い準備期間がありました。授業自体は、2019年の12月、第4クォーターから始まり、全学院のそれこそプログラミングなどしたこともない学生も含めて、プログラミング基礎からデータサイエンスやAIの手法まで、仕組みを学び、実際に使う、という形でスタートしています。

すでにデータサイエンスもAIも注目が高まっている時だったので、授業の宣伝が十分ではなかったにも関わらず講義が100人位、演習も60~70人位が受講してくれました。今ではもうその2、3倍位まで増えて、知名度もどんどん高くなっています。

柳澤先生、いまさらですが、データサイエンス・AI全学教育機構って何?

機構という組織のカタチで発足することには、どういう意味があったのでしょうか?

それまでもデータサイエンスやAIの授業はそれぞれの学院で行われていたのですが、それらを束ねて、全学にまたがって教育をもっと広げようというねらいがあると思っています。また、先ほどお話しした授業は、昨年度まで情報理工学院が開講する科目としてやっていたのですが、それでは結局学院の中で閉じこもってしまう。学院とは独立した全学組織として立つことで、各学院が対等な立場で運営していく、これも重要です。

さらに、すでにTAISTというタイの大学に対する遠隔授業配信も行われていますが、海外も含めた学外に対してまで「全学」という範囲を広げていくためにも、大学全体を横断した組織を作る必要があると思いますね。

データサイエンスとAIをくっつけると、どういうことになるんでしょうか?

データサイエンスという言葉を分解すると、データに対するサイエンスですよね。データに基づいて何かしら新しいものを見つけていく、何かをやるというのが根底にあると僕は思っています。並列に人工知能つまりAIが語られてはいますが、昨今のAIはデータがあればこそ成り立つので、データサイエンスが先にあって、その後にAI、というのが自然だと感じていますし、この機構もその語順となっています。

「広域専門型」というキーワードがありますが、「広域」なのに「専門」とはどういうことですか?

「広域専門型」という単語は機構長の三宅先生が打ち出した表現です。情報に対する基礎的な科目は、例えば『情報リテラシ第一』『情報リテラシ第二』という学士課程1年次の科目があります。学士課程1年次の学生はほとんど誰しもが受けるような授業です。しかしこれは文字通りリテラシを学ぶものですから、土台になる部分ではあっても、それだけではDS・AIを使えるようにはならないわけです。「広域」であれども「専門」ではないわけですね。

基礎だけ知っていても、自分自身の力として応用することはなかなかできません。我々が目指しているレベルはそこではなくて、学士課程2年次以降、あるいは大学院教育で知識や技能のレベルを高めていった先にあります。自分自身の専門性が磨かれると同時に、DS・AIを使いこなせるようになり、新しいことを見つけて議論を進めていく、そんな「専門的」な能力を持つ学生が全学から「広く」生まれてほしい。だから広域専門型なのです。

もう一つキーワードとして、「全学」という言葉がついていますね。

AIと言えば、真っ先に情報理工学院が想起されると思うのですが、その分野の学生を教育するだけでは狭いわけです。今、情報理工学院の定員は90人余り、大学全体の定員の1/10未満ですから、これに対して教育を行っても、全体としてのDS・AIは十分には促進されないでしょう。そうではなく、様々な分野にDS・AIを駆使できる人が増えて、他の分野の人たちに出会った時に理解しあえる人材が必要だと思います。その点で、全学に広げていくというのは、ものすごく重要だと思っています。

化学への想いを引きずり研究と就職を天秤にかけて迷った学生時代

先生自身の専門研究分野は何ですか?それを志すきっかけは何だったんですか?

情報技術を使って生命科学の様々な問題を解決したり、未解明な部分を見つけていこうという、バイオインフォマティクスと呼ばれる分野、あるいは病気などに対する薬剤を設計する「創薬」を、情報技術を用いて効率化する、ケモインフォマティクスを専門としています。

私は実際に薬剤を作る人ではなく、そのためのツール、プログラムを効率化する、高速化することを研究しています。実は僕自身はシミュレーションの方が主であって、DS・AIはその計算結果をどのように解釈するかに用いる。「道具」として活用しているわけですね。

では、先生が東京工業大学に入られたときからバイオインフォマティクス、ケモインフォマティクスという研究分野はあったのですか。

分野自体はありました。ただ僕は全然知らなかったですね。そもそも、情報工学科に入ったのも第二の選択肢だったんです。もともと化学の成績が良くて、好きでもあったんですけど、何せビビリで実験事故が怖くてですね。例えば薬品を加熱して化学反応させるとして、沸騰したモノが飛び跳ねたらどうしようとか、まぁ怖いわけですね。これを生業にはできないなと。そこで、じゃあ二番目に好きなものは何かと考えると、パソコンだったわけです。

そんなわけで化学への興味は心にありながら、情報工学科の授業を受けていました。学部3年の授業に『生命情報解析』というのがあって、これがまさにバイオインフォマティクスの授業だったわけですが、これがこの研究分野との出会いですね。ただどうなんでしょう、化学科にも情報×化学の研究室はあるわけで、それを高校生の時に知っていたら、化学科に入って、今の人生は無かったかもしれませんね。

今は教員という形で大学に残られていますが、もし大学に残らなかったらどんなことをやってらっしゃったと思います?

実は修士1年の秋ごろまで就職する気満々でした。機械学習を用いた研究を学部4年の時だけやってまして、その関係でDS・AI分野の企業に就職したいと思っていました。しかしながら、調べていくうちに、企業に行くと先進的な機械学習手法を用いるというよりも、単純な手法を用いて説明性を高めるという考え方が強いことを知って、面白くないと思ってしまった。それで、修士1年の12月頭に、やっぱり進学します、と指導教官に伝えましたね。

柳澤先生、いまさらですが、データサイエンス・AI全学教育機構って何?
柳澤先生、いまさらですが、データサイエンス・AI全学教育機構って何?

楽できるところは楽をして新しい未来を創る

DS・AIの目的として、「共創型エキスパート」の育成とありますが、これからの世の中にとって、なぜそれが必要なのでしょう?

我々の掲げる「共創型エキスパート」は「DS・AIを駆使」し、「DS・AIで交わり」、「DS・AIを教える」、この3本柱から成り立っています。近頃はDS・AI技術が組み込まれたツールを使える人は増えていますが、中身まで理解して使いこなせる人間はさほど増えていない気がします。ツールに使われるのではなく、ツールを「駆使する」人材を育てること、これがまず大切なポイントです。しかし、それだけではまだ従来の大学教育ですね。我々が目指しているのはそれだけではありません。DS・AI技術を介することで多様な人々と「交わる」ことのできる人材の育成、ここに要点があるわけですね。異分野の相手であっても、DS・AIを共通言語として、何をしたいのか、目的は何か、とコミュニケーションできる人材が育って欲しいし、そういう人材に需要があると思いますね。

この「交わる」を広げて、DS・AIを知らない人ともコミュニケーションが取れるようになるというのが、「教える」に繋がっていきます。学校の先生が教えるだけでは、DS・AIを駆使できる人材を育てる数に限界があります。そうではなく、「教える」ことのできる人を育てれば何倍も広がりが早い。各企業の中に「教える」ことのできる人材が1人、2人と居るだけで、沢山の企業のデータサイエンス・AIへの理解が一気に深まっていくのではないか、と私は思っています。

東京工業大学は、理工系分野で最高峰の大学の一つだと自負していますが、「東京工業大学を出たのに…」ではなく、「東京工業大学を出ているから」と信用できる人材を輩出すること、これは私たちの責任でもありますね。

データサイエンスやAIが日本の未来にとってどういうふうに働くと思われますか?

日本に限定する必要はないのですが、DS・AI技術によって、人間が楽できるところはどんどん楽をすべきだと思っていますし、そうなっていくでしょう。流れ作業や定型業務はどんどん任せてしまえばいい。その代わりに、もっと新しいこと、クリエイティブなことをする人が求められると思います。さらに、そのクリエイティブなことをするための一つの補助としてDS・AIが使える人、つまり「使われる」のではなく「使いこな」して新しい活動を創り出す、そんな人が活躍する世界になるのではないでしょうか。AIが出してきたものから着想を得て、何かしらを創る、そんな人間とAIとの協業ができたら、面白いですね。

受験生は視野を狭めないで!学生はチャレンジングに!

最後に在学生やこれから受験されようとする方へのメッセージを。

データサイエンスやAIは今やどの分野でも使われているので、受験生の方は視野を狭めないようにしてほしいと思っています。先ほども述べましたが、データサイエンスだから、AIだからと即座に情報理工学院を想起してしまうのは早計です。自分の本当に興味のある分野をしっかり考えて、その分野への専門性を高めた上で、そこにデータサイエンスを導入することでもっと良いことができるとか、そういう着想が得られる人になって欲しいですね。また、既に専門分野を決められている学生さんには、これは東京工業大学生に限らずですが、新しいことに飛び込む、チャレンジ精神を常に持っていて欲しいなと思います。

私は演習を担当していますが、毎授業終わった後に「ここがわからない」「これがわからない」と20~30分聞いてくる学生もいました。そのハングリーさがあるかないかで将来の広がり方は全く違うはずです。自分自身の専門にプラスして新しいことを学び、習得することはものすごく大変だとは思います。でも、さまざまなことに興味を持ち、実際にトライしてみる。この動きを忘れないで欲しいですね。その時は大変でも、あ、ちょっと楽しいな、なんか勉強になった気がする、というワクワクを大切にしてくれたらいいのかなと思います。

柳澤先生、いまさらですが、データサイエンス・AI全学教育機構って何?

オフレコ・トーク

いや、本当にビビりじゃなかったらどうなってたのかな?と思いますけどね。化学方面ではなく情報方面で入学した直後に受講した化学実験の担当の先生が、思いっきり化学やけどがあって。つくづく「情報に来てよかった」と思いましたねぇ。

その一方で、情報は情報で、中学生頃からプログラミングをやってきたような人たちがいて、僕みたいな大学からプログラミングを始めた人には勝てないなぁとも思いました。だから何かしら「情報×何か」の組み合わせをやらないとな、と思いながら学生時代を過ごしたわけなんですけど、それがまさかこういうふうに広がるとは思ってなかったですね。

人間万事塞翁馬。何が起きるか分からないですね。