ITが普通になってきたようにDS・AIが普通の技術として社会に浸透しますか?
先生の専門分野とこの世界に入られたきっかけを教えてください
専門分野はブラックボックス最適化で、その中でも特に進化計算と強化学習というアルゴリズムの研究を行っています。最適化とは、解の良さを表す目的関数の値を最小または最大にする最適解を発見する問題です。ブラックボックス最適化とは、目的関数が陽に与えられず、シミュレーターなどで与えられる問題です。
通常、最適化問題を解く時には目的関数の微分可能性、線形性、凸性などの数学的な仮定を利用するのですが、それが困難であり、従来は人間の専門家が試行錯誤することでしか解けなかったような問題が対象になります。最近のチャットGPTとかAIで使われる深層学習、機械学習のアルゴリズムは膨大な教師データを必要としますが、進化計算や強化学習はシミュレーターがあれば自ら試行錯誤してデータを収集し、優れた解を発見できるという特徴があり、それで問題解決ができます。そのため、人間では困難だったソリューションを発見できる可能性がありまして、例えば現在の新幹線の先頭形状ですね、あれってトンネルを出るときの騒音を低減するためにあのような形状になっているのですが、専門家であっても人間では設計が難しくて、実は進化計算のコンピューター上で試行錯誤して発見した形状なのです。百年後に答えが出ても既に時代は変わってしまうので、私はそれを効果的に無駄な試行錯誤はしないような効率の良いアルゴリズムを作ることを研究しています。
きっかけは、学部3年生の時に、アルバイト先で、複数の点が与えられたときの最短経路を求める必要があって、巡回セールス問題っていうのですが、たまたま大学の授業でそれを解くための進化計算のアルゴリズムを紹介している講義があり、それで感銘を受けまして、当時の知能科学専攻のその先生の研究室に入りました。

そのアルバイトって宅配とかですか?
いいえ、実はイベント会社なのです。イベントでレーザーを使って絵を描いたり文字を出したりすることって、よくコンサートとかでやっていますよね。ひょんなことから、あのレーザーディスプレイのレーザーの絵や文字の表示方法を最適化したいという要望がありました。
レーザーって光の速さですけど、最短経路が問題になるのですか?
そうですね。あのX軸Y軸のミラーを動かして、そこに反射させて絵を描いています。ミラーを高速に動かしても、一つの機材でどれだけたくさん絵が描けるかっていうのは、最短経路で結べるかどうかに依存しまして、たくさんの大きな絵を描くためには、なるべく最短で結ばないといけない。それで最適化っていうものの面白さとか有用性に惹かれました。
データサイエンス・AI全学教育機構(以後DS・AI機構)に関わることになったのは?
データサイエンス・AI全学教育機構長の三宅先生に機構の仕事を手伝ってくれないかとお声がけいただいたのがきっかけですね。機構の前身はその時すでにあったのですが、三宅先生から活動している内容をいろいろ説明していただいて、「はい、一緒にやらせていただきます」っていうことで加わりました。実際に関わってみると、凄くやりがいがありますね。組織は立ち上げたばかりなのですが、次々に新しいことを始めようということで、今日のテーマのTF(ティーチング・フェロー)育成プログラムもその一つですけども、いろいろ組織を作った上で新しいことを試みているので大変ですが、非常にやりがいがあると感じています。
「自分の専門性×DS・AIの学び」により学生に対してシナジー効果を期待
他の大学ではDS・AI機構のような例はあるのですかね?
日本中にDS・AIができる人を50万人/年に広げましょうという文科省の計画の一環で、現在全国の大学で試みが進んでいます。関東地方の拠点校は東大と筑波大と東工大の三校ですが、地方ごとにそのような拠点校を核として広げていくやりかたで進んでいます。特に東工大は大学院からその教育がスタートしていまして、そこから学士課程にプログラムを下ろしていったということで、非常に特徴的な大学になっています。大学院のエキスパートレベルから立ち上がって、そこから下ろす形で教育プログラムを展開しているという形ですね。
東工大のDS・AI機構の教育の基本コンセプトとして、広域専門性という形で六学院全分野の学生に対して、学士課程一年生のリテラシーレベルから一貫して教育プログラムを提供しています。今年度からは、エキスパートレベル・プラスというエキスパートレベルの更に上の専門性を特化させた教育が始まっています。
エキスパートレベルから始まると、どのようなところが良いのですか?
自分の専門性を持つ学生に対して、さらにDS・AIを教えることによってシナジー効果が生まれます。研究の幅が非常に広がるところに貢献できるというところが良いことだと考えています。基礎的な素養は学部一年生と二年生の基礎科目でしっかり勉強しておいてもらって、大学院で専門的なDS・AIを勉強していただくという設計です。
先生はDS・AI機構の中でどういう役割を担われているのですか?
私はDS・AI機構の副機構長をやっていまして、三宅機構長を補佐する立場にあります。加えて、4つの部門(全学教育部門、社会連携部門、情報基盤部門、企画調査部門)のうちの全学教育部門の部門長もやっております。全学のカリキュラムの設計や教材の設計をいろんな先生方と協力しながら作っています。TFもそこにつながっています。


TF育成プログラムで教える技術を身につけて欲しい
では今日のテーマのTF育成プログラムについて詳しくお話いただけますか?
DS・AI機構の人材育成理念には三つの柱がありまして、まずDS・AIを駆使することでいろんな手法を身につける、次にDS・AIを共通言語としてさまざまな分野の専門家と交わりながら研究開発をする、最後にDS・AIを教えられるトップ人材を育てようというものですが、TFはこの最後のところです。40社以上の連携企業と交わって教育プログラムを作っていて、その研究者や技術者の方に講義をしていただいています。また、今年度からインターンシップ科目や、TAなどの教育経験を通じて教える力を育成するためのTFプログラムを立ち上げています。日本ではDS・AIを教えられる人材が不足しているので、ここで学んで将来大学や企業でDS・AIを教えられるようになって欲しいということになります。
仕掛けとしては三段階のゲートを設けていて、DS・AIの初心者であるBTA(ベーシック・ティーチング・アシスタント)から始まり、次にATA(アドバンスト・ティーチング・アシスタント)、最後はTF(ティーチング・フェロー)を目指してもらおうというものです。修士で卒業する学生さんはATAまで、博士の学生さんはTFまで頑張ってくださいという設計です。BTAは入門編で、まずガイドブック等で教える心得を勉強してTAをやって報告書を出し認定されるとBTAになれます。もちろんDS・AIの専門性は要求されます。単位毎にポイント化されていて、わかりやすく進められるように工夫をしています。たとえば、ATAになるためには、TAを28ポイント分貯めた上で報告書を出し、TA業務報告会に集まって自分のTA経験について話してもらって、どんな工夫したかとか、もっとよく教えるためにはどうしたらいいか、などを議論していただきます。ポイントを貯めるということは、講義や演習に出て先生と一緒に教えるということなので、先生と一緒の立場に立って授業を見ることで、そこから教える技術を盗んで欲しいということです。TAの最高位はTFですね。最先端のデータサイエンスとか、エキスパートレベル・プラスで提供されている講義を通じて、AI技術、あるいはAI倫理や社会の中でのAIなどのさらに専門性の高い知識を身につけてもらいます。さらに、実際に教材を作って模擬授業までやってもらって、これを全部パスするとTFになれます。こうして教える経験をオーソライズしてあげることによって、履歴書に自分がこういうことをやってきたということをきちんと書くことができるというメリットもあります。
TAの資質というか求められるTA像みたいなものはあるのですか?
スキルとしては、教える大前提として完全にその分野を深く理解しているということが必要ですね。その上で、我々がやっているプログラムのエキスパートレベルなりエキスパートレベル・プラスなりの専門的なDS・AIの知識を深く理解してそれを研究などで運用できる能力を持つというのがベースラインになります。
あとは、教室に集まるのは初心者の学生からある程度できる学生まで凄く幅があるのですが先生は一人なので、それをアシストしてどう拾っていくかというところが非常に重要になります。置き去りにされそうな学生を見つけて積極的に寄り添って面白さを教えてくれるようなTAが重要ですね。レポート出して点数取ったからそれでいいね、じゃなくて、ちゃんと使いこなせるようになるっていう感覚を持たせてあげられるTAさんというのが理想だな、と考えています。結局求められるのは人間性の部分であるという感じですね。始めたのは去年ですけれど、すでに延べ40~50人のTAがいます。
先生はどうして東工大を選ばれたのですか?
もう20年以上も前なので、東工大へ進もうと思った記憶がだいぶ薄れているのですが、そうですね、理系っていうか数学とか物理とかは好きでした。コンピューターに関しても、大学に入る前から自分でプログラム作ったり、電子回路を作ったりということをやっていました。あと高校の数学の先生が東工大出身でした。それで、そういうことが好きで研究とかしたいのだったら、東工大は凄くいいよって勧めていただいて進学した感じですね。確か、東工大で原子炉関係の勉強をされていたという記憶があります。ただの数学の先生じゃなかったですね。

オフレコ・トーク
レーザーの話ですが、実は高校で始めたのですよ。最初はスピーカーのコーン紙の部分を外して、電圧で動くところにミラーを貼り付けてX軸Y軸を制御してレーザー当てて字書こうとしたのですが失敗ばかりで。高校生の頭の中ではちゃんと絵ができるはずだったのですがね、物理系は難しいな・・・・。
Z80っていう8ビットのマイコン用のCPUをご存じですか。中学のときに、それを本気でやろうとしたのに教えてくれる人がいなくて独学ですね。まだインターネットもなくパソコン雑誌全盛の時代で、それを買いまくって勉強しました。秋葉原はずいぶん行きましたね、部品を買いに。それでマイコンやシンセサイザーを作ったりしていました。いつの間にかうまく引き出されちゃった、黒歴史みたいなものが。
今の話はオフレコっていうことでお願いします。(はい、オフレコ・トークで紹介しました。)