企業は、学生との新しい出会いのカタチを求めている。
以前から三宅先生は「共同教育」の必要性を訴えられてきました。今回その共同教育のプログラムに、社会人も参加できる新たな教育メニューが加わったそうですね。まず、その背景から教えてください。
まだ東京科学大学になる前だった8年ほど前から、私たちは社会的な課題解決に向けて企業の方と一緒に「共同教育」のプログラムを進めてきました。その当時、産学連携で大学が企業と行うのは「共同研究」に限られていて、「共同教育」という言葉はありませんでした。私は企業も大学と一緒に教育をやるべきだと当時から考えていて「共同教育」という言葉をつくったのです。
共同教育は企業側にとって大きなメリットがあります。入社前の学生の段階から人材育成に関わることで社会貢献にもなりますし、現場で学生たちとのいろいろな出会いや繋がりが生まれるので、採用活動にも有利です。最初はグーグルやヤフー、チームラボなど情報系の企業を回り、そうした説明をしました。努力の甲斐あって興味を抱いて応援してくれる企業が増えていき、東京科学大学の「共同教育」の枠組みができ上がったのです。現在、会員企業は、金融、素材、情報通信、製造、製薬、商社、エネルギー、輸送、建設、不動産、住宅など46社に上ります。
学生は理論は学んでいても、実際の課題解決の現場を知りません。ですから、これまでは企業の方たちが大学へ教えに来てもらっていました。ところが、近年は企業側も社内でDS・AIの人材育成が必要になってきました。「DS・AIを教える人材」は、共同教育がスタートした当初には大学の中でさえ不足していましたが、今は大学内には揃ってきました。
そこで、私たち大学側が企業内教育をお手伝いするためにスタートしたのが、共同教育の新プログラムです。世の中では、職業的な技能やスキルをアップデートする「リスキリング」が流行っていますが、われわれの取り組みは「学び続けること」、すなわち「リカレント」に近いイメージです。企業にお世話になるだけでなく大学も企業のお役に立とう、学び続ける姿勢を応援しようという趣旨です。
東京科学大学の授業内容をそのまま「オンデマンド講座」に。
新しい教育メニューは、どのような内容ですか。
本学で実施しているDS・AIの講義をオンデマンド形式で提供する「DS・AI オンデマンド講座」と、社会人と学生がグループワーク形式で課題解決のための意見交換を行う「DS・AI 共創グループワーク」の二つです。
まずオンデマンド講座についてですが、すでに東京科学大学では学部1年から博士課程まで全てのDS・AIの講義を教材として制作してあります。その中から今年度は学部1年と2年の講義を会員企業に公開しました。公開にあたり、著作権問題などの整備を進め、部分的に撮り直しもしています。1コマ100分の授業で、1科目7回あるので計700分。公開したのは3科目で、全2100分あります。これだけでも相当なボリュームです。現在、希望された会員企業23社にアクセスキーをお渡しして使っていただいています。
見られるのは会員企業だけですか。
現状は会員企業だけです。オンデマンドと言ってもできるだけ双方向を目指していて、質問も受け付けているので、こちらのキャパシティも考えて質を担保するために会員企業に絞っています。
大学の授業は科目全体を体系的に教えます。企業にいるとどうしても自分の専門のみを深めてしまいがちですが、この授業を受けることで自分に足りないところに気付き、俯瞰する力を身に付けられます。そこが大学の授業の良さです。もう一つは、東京科学大学の学生が受けている授業と同じものを受けられるということ。これも学びのモチベーションになるのではないでしょうか。
現場の課題を企業と学生、教員の混成チームで議論。
「共創グループワーク」ではどんなことをするのですか。
社会課題を解決するための構想力を身に付けます。企業と学生のグループワークは他大学でもよくありますが、学生の教育のために企業側が練習問題的な課題を提供していることが多い。これに対し「共創グループワーク」では、企業が本気で考えているリアルな問題を取り上げます。企業の人と大学院生を含む学生に加えて本学の教員も参加し、アカデミアからの専門的な視座を提供します。
企業の皆さんがそれぞれ現場で抱えている問題を一緒になって議論する。だからこそ学生も興味を持ちますし、それぞれの企業の雰囲気も分かる。企業の側も業界に属さない外部からの新鮮なアイディアに触れる機会になり、何かしらの手がかりが見つかるかもしれない。議論した後には、発表会も実施します。こうしたスタイルは東京科学大学独自のものと自負しています。
企業が抱えている「具体的な課題」には、どんなものがありますか。
例えば、ある企業は自社製品を販売した後のメンテナンスも行っています。修理工場でいくつもの製品を台に乗せてバラしていくときに、どの担当者にどのように分担させるか。どうすればメンテナンスの時間や工数を減らせるのか。そうした最適化問題を現場で取り組んでいるそうです。コストに直結する本当にリアリスティックな問題ですよね。
もちろん先方の企業も、学生たちが数カ月のグループワークで解決できるとは考えていないでしょうが、まずは現場の問題を共有する。ひょっとしたら新しい方法論や切り口が得られるかもしれない。参加した先生にしても、そこから企業との共同研究の種が生まれるかもしれない。グループワークの場は、企業と大学が相互乗り入れできる、そんな緩やかなゾーンなわけです。
企業からは若手の社員が多く派遣されていて、学生や若い人に斬新なアイディアを出してほしいという思いが伝わってきます。大学としても、こうした形で「社会の課題に対し、東京科学大学は真剣に取り組みます」というメッセージを発していくことが今後、大きな流れを呼び込むと考えています。
学生さんたちの反応はいかがですか。
グループワークに参加したら、ただ座っているわけにはいきません。あるチームなどは企業側から最適化問題の宿題を出され、次回までに解いてきて発表していました。企業も真剣だからこそ、学生も本気になって課題を解こうとするのだと思います。
「ものの見方」の学問であるDS・AIが、研究力の基盤になる。
今回の新しい教育メニューは、DS・AI全学教育機構の中でどのような位置づけになるのでしょうか。
「学内においてDS・AI人材を育て上げる」という最初のミッションが軌道に乗り、これからは学外へ、社会へと水平展開していくのが、本機構の役割だと考えています。AIによって産業構造が変化しつつある今、DS・AIはもう大学だけの問題ではなく、全ての人に新たなスキルが求められてきます。まさに「リスキリング」の時代に入っているのです。
東京科学大学は文部科学省から「国際卓越研究大学」に認定され、最長25年間にわたって大きな助成を受けることになりました。その計画との関連はありますか。
この認定を機に本学の大竹尚登理事長は、従来の縦割りの研究体制を分野横断的なアプローチへと転換する「ビジョナリー・イニシアチブ(VI)」という仕組みを導入しました。全学すべての研究者が順次いずれかのVIに参加し、融合研究を加速させようとしているのです。社会の課題解決のためには分野を超えた横の連携が不可欠だからです。
そしてこのVIの考え方は、DS・AIと非常に相性がいいのです。DS・AIはどの分野でも必要とされ、いろいろな分野を通貫できる、いわば「ものの見方の学問」なのですね。DS・AI全学教育機構ができたのも、それまで縦割りだった大学教育に横串を刺すためです。
だとすると、DS・AIはすべてのVIで必要とされる学問でもあるわけで、本機構が目指す方向性は明白です。一番大きな横串を刺して、それぞれのVIに対して貢献できる人材を育成していく。それが研究力の基盤になるわけです。そういう意味で、われわれ機構に対するニーズはますます大きくなっており、しっかりお役に立ちたいと考えています。
オフレコトーク
ふだんは大上段に構えたことは言わないのですが、ちょっとだけ言わせてもらうと、これからは「学生か、社会人か」という分け方が意味を持たない時代になっていくと思うのです。つまり、学生と社会人のボーダーレス化が進んでいく。学生は大学の中で理論だけ学んでおけばいいという時代ではなく、社会との繋がり、現場での実践や体験が非常に重要になってくる。だから本学でも「インターンシップ型授業」を設けているわけです。
一方、すでに社会に出ている人も、新しい分野の技術や理論を学んでおかないと仕事が減っていく。学生も社会人も皆がボーダーレスに学び合う社会、それが「共同教育」の目指すゴールです。だから学生や若い社会人の皆さんには「学びによって常に自分を新しくし続ける努力をしなさい」と言いたい。「学び」って本当に面白いですよ。「世の中で放蕩し尽くした人が最後に夢中になるのが研究だ」という話もあるくらいですからね(笑)。