大学統合とDS・AIで医療の未来はどうなりますか?
データサイエンス・AIの医学分野における役割をどのように捉えられていますか。
医療においてもDS・AIはどんどん入り込んできていて、例えば画像診断では医療内視鏡の画像や放射線の画像からリアルタイムで腫瘍などといった病変の領域を検出してくれる仕組みが、すでに現場でも使われるようになってきました。また、病気の治療という観点でも、その病変をどれくらい切ったらいいのかとか、手術の後に取り残しがないかとか、そういう支援にもどんどん使われるようになってきていますし、薬を作るところにもどんどんAIが入ってきています。既にDS・AI技術が医療現場に取り込まれ、より良い医療を提供できるような時代になりつつあります。
DS・AIは言葉自体もまだ新しいと思うのですが、先生はいつ頃から認識されましたか。
高校時代からプログラミングが好きで、2006年に東北大学医学部に入ったときから、研究者になりたいと考えていました。それで学部1年生のとき、生物学の先生からiPS細胞(万能細胞)に関する論文を紹介していただいたんですね。既に皮膚の細胞になっちゃったものに、4つの遺伝子を入れると万能細胞に戻せると、そういうものなんですけど、その4つをどうやって見つけてきたかというと、約2万の遺伝子の中から、データサイエンスで24個の遺伝子に絞り込んで、これらの遺伝子の組み合わせを実験するというアプローチをとっていたんです。これはすごいなと思いました。学部2年生になると、次世代シーケンサーという技術が出始めて、これは1個1個の遺伝子を全部地道に調べていくのではなく、患者さんの遺伝子すべてを網羅的にデータ取得できるというものでした。その代わりに、データが膨大になり、人が見てもわからないのでデータサイエンスで病気に関連する遺伝子を推定する、マイニング的なことをするわけです。まだ黎明期だったその技術を、後に所属した研究室が取り入れて、情報の解析を少しやらせていただいたのが初めての本格的なDS・AIとの関わりです。

先生の本来の研究分野ついてもう少し教えてください。
データサイエンスで未来の医療を創ることを目指しています。病気の原因を究明するという基礎的な研究から、病気の予防法の確立や、早期診断で早く病気を見つけて治療をするという辺りも、データサイエンスでやっています。具体的には、正常な方と病気の方の遺伝子の変化データを網羅的に全部取って、そのデータを解析して、病気の治療標的になるような遺伝子を見つけたり、遺伝子の働きに作用するような薬を創薬する、探してくるということをやっています。データサイエンスで見つけた現象は、実験室でまず細胞とかを使った実験で検証するということにも力を入れてやっています。データを取ってデータサイエンスで解析して、そこで見つけたことを実験で検証して、というループを回している感じですね。
お医者さんもやってらっしゃるとお聞きしたんですけど、何科ですか?
平たく言うと内科のくくりになります。私が医学部を出たのはもう12年ぐらい前になるんですけど、医学は日進月歩で変わっていて、例えば糖尿病一つとっても私が国家試験を受けたときには全然なかったような新しい薬が今はもう普通に使われるようになっていて、アップデートしないとどんどん古くなってしまう。そういった意味もあって週に1回、夜の3時間だけですが診療をさせていただいています。新たな医療にキャッチアップするために外来を持っているというところです。
医歯学系ならではのDS・AI教育の工夫と、それを支えるためのDS・AI技術への期待。
医歯学系の学生さんを対象にDS・AIの授業をされていると伺いましたが、多数の学生さんに教える大変さはありますか。
一番は動機づけです。医歯学系の学生は最初からそれぞれの医療における国家資格を目指して入学してくるので、DS・AIへの熱量には学生さんの中で温度差があります。実際、プログラミング実習の後には感想文も書いていただいてるんですが、これが何の役に立つのかわからなかった、みたいな感想が最初の頃にはあったんです。それを受けて、最初にDS・AIはすごい大事なんだよということを伝えるために、DS・AIを使って何ができるか、なぜ学ぶのかっていう動機づけのための医療の領域における応用編みたいな話を、授業の前半3分の1ぐらい使ってするようしました。先生たちがそれぞれの専門領域から、例えば看護にも使われているとか、歯医者さんはこうだとかやってもらって、DS・AIやらないと駄目でしょということで、Pythonの初歩へ持っていきました。これにより、より興味を持って学んでいただけるようになりました。
他にも、医療系ならではの難しさというか、ここは壁だなと感じることはありますか。
医歯学系の学生は、卒業すると最終的に医療の国家資格を受けることになるんですけれども、そのためのモデル・コア・カリキュラムを国が作っていて、この単元をこれくらいの深さで何時間やれっていう細かな指示があるんですね。そうすると高校の延長みたいな感じで、月曜日の朝の1時限目から金曜日の夕方の時間まで平日は全部みっちりと授業が詰まっていて、それが全部必修科目なのでDS・AIの授業時間をつくるのが難しいんです。だから、DS・AI教育を行うために、他の先生方にちょっと単元を圧縮していただくとか、ちょっと時間をいただくというネゴシエーションが一つ目の壁でした。それでも何とかコマ数を分けていただき、ようやく2021年からスタートしたというところです。二つ目の壁は、理工系のような方と違って医歯学系は一般的に数学が強くない人が多めであるということ。旧東京工業大学の入試では数学がかなり大事な科目なんですけども、旧東京医科歯科大学はそうなっていない。数理の素養に幅がある医療系の学生さん達についてきてもらえるように、スモールステップを積み重ねてやっていくというのが、理工学系の元々数理の素養がある方との違いかなというところです。


バックグラウンドが違う学生や研究者が増えることでインベーションにつながる。
コンバージョンサイエンスという言葉がありますが、まさに医歯学系と理工学系の融合で誕生した東京科学大学にどんな期待をお持ちですか。
理工学系のとても専門的なノウハウ等を活かして、真の意味で医歯学系の有効な研究が推進できると、すごく期待しています。医療の現場では、多角的なアプローチが必要な課題が山積みになっていて、医療サイドの観点だけだけでは解決できないことも多いのですが、理工学系の方々の技術なり知見なりをお貸しいただければ解決していけるんじゃないかと期待しています。また、学生への教育という意味でもかなり充実すると思います。例えば理工学系の学生が医歯学系のことを勉強したり、逆に医歯学系の学生がDS・AIに限らず理工学系のマインドを学んだり。今の社会に残っている課題って難しいものが本当に多いので、多角的で、マルチディシプリン的に広くて深い、そういう研究家や専門家がたくさん輩出できるんじゃないかと期待しています。
単に大学の規模が大きくなって、医学部あり、工学部ありということではなく、もっと融合しあうようなところですね。
医療系の学部と理工系の学部を備えた大学は他にもありますが、学部間のやり取りはそれほど活発ではないことも多いかと思います。本学の場合は、医歯学系と理工学系が一緒になったばかりで、一緒にやろうぜっていう初期の力があるし、互いのキャンパスで勉強させていただく機会もあると聞いてますので、人の往来も盛んになっていろんな専門性を持ったバックグラウンドが違う学生や研究者が出会う機会もどんどん増えてきて、それがイノベーションに繋がるんじゃないかなと願っています。
異分野の領域にも怖がらずに積極的にタッチしていただきたい。
最後に、東京科学大学を目指される方、あるいは今の東京科学大学にいる学生へのメッセージをお願いします。
東京科学大学になって、一緒に皆さんと研究や勉強ができることを大変嬉しく思っています。DS・AIは、すべての学問領域に密接に関わってくるので、専攻が何であるにせよデータの分析とかそこから得られる知見が新しい学問や産業に繋がっていくと思います。今やっている専門領域をさらに深めるのはもちろん、それだけではなくて二つの大学が一緒になったからこそ自分の専攻とはちょっと違う異分野の領域にも怖がらずに積極的にタッチしていただきたいなと思っています。部活にしてもそうですが、触れ合う機会が相当増えると思いますのでお互いにいい刺激を与え合って成長してほしいなと思っています。

オフレコトーク
医療系の学生さん達にいつも言っているし、理工系の学生さん達にもお願いしたいのは、各自の専門領域をまずしっかり学ぶことが大切です。そしてその上で各自の専門的な課題解決のためにぜひ現代の文明の利器であるDS・AIを活用してください。
私が学び始めた20数年前は、プログラムのコードは、本をひたすら写して覚え自分で書くものだったのですが、今はコード生成AIを駆使することで短時間で自分のやりたいことができる実用的なコードを作り出すことができますよ。これからの時代を牽引する皆さんだからこそ、DS・AIスキルを身につけないともったいないです。