教えるということは、ぐちゃぐちゃに蓄えた知識を整理して吐き出すこと。
TA(ティーチング・アシスタント)として参加した授業で、どのようなことをやったかを聞かせていただけますか?
松野 (写真左)僕は、「基盤データサイエンス」と「基盤データサイエンス演習」をTAとして担当しました。クラスタリングや主成分分析などのデータ分析に関する基礎的な知識を学びます。「基盤データサイエンス」ではデータ分析の手法を重要視していて、まず講義では、手法によって数学的にどのような処理がされているかを学び、演習ではそれらの手法を実際にPython(パイソン)という初心者の方でも理解しやすいと言われているプログラミング言語を使って動かし,利用する方法を学ぶことができます。講義を受ける学生は大学院生が多いですが、全ての学院から広く参加しているので、情報工学に精通していない方々にも情報工学の基礎を知ってもらおうという授業でした。
屋代 (写真右)僕は、「基盤人工知能演習」のTAとして、基盤的な演習のブレイクアウト・ルームを担当しました。NumPy(ナムパイ、Pythonのライブラリの1つ)の簡単な操作から、畳み込みニューラルネットワーク(CNN)を使う少し難しいところまでのオンライン演習でした。僕は基本的なPythonの操作に関することなど、その回の知識についてわからないことがある学生をブレイクアウト・ルームで対応しました。講義についていけない人のサポートというところがメインの役割になります。

TAをやってみて良かったこと、学んだこととか気づいたことを少し話していただけますか。
松野 まず気づいたことは、データサイエンスを学びたい学生がこんなに沢山いるんだということです。僕が担当していた演習の授業では、120人くらいの学生が参加していました。同時期に他にもデータサイエンスの講義が複数あるにもかかわらず、一つの授業に120人以上受けていて、その数の多さに驚きました。毎回、事前に授業内容の確認をするのですが、全ての知識を日常的に使っているわけではないので、曖昧な部分について学び直すことができたことも、すごく良かったと思います。
屋代 英語開講だったので、普段英語を使いなれていない英語をしゃべらなきゃいけないというところが最初はプレッシャーでした。留学生の方がいっぱいいて、みんな英語が流暢だろうって思っていたんです。でも、意外と達者じゃない人もいたりして、頑張ればできるんだなっていうのが分かってきました。また、教える側になるということは、自分が勉強して蓄えた知識を吐き出すことになるので、頭の整理をしなきゃいけないんですよね。ぐちゃぐちゃだったことを理路整然と話さなきゃいけないというところで思考の整理ができました。お給料も良いこともモチベーションにつながりました。それだけ自分たちの知識を認められているのかなってすごく嬉しかったです。

英語開講でもなんとかなるので、逃げずにやってみてほしい。
もう一回TAをやるとしたらどういうところを工夫したいと思いますか?
松野 僕も質問対応をすることがありましたが、やっぱり英語で来られるとなかなか難しいところがありました。もっとちゃんと講義の資料を読んで、人はどこを疑問に思うんだろうと深く考えていれば、英語で質問されても推測できたように思います。講義を受けている学生目線にはあまり立ててなかったのかなって、反省しました。
屋代 外国人を相手に質問に受け答えするという形だったので、相手の言ってることがちょっと分かりにくい時もありました。わかってないのにわかっている風で接していたこともあり、相手も多分100%の納得をしないで帰っていくこともあったと思います。そういう時は、「わからないから言いたいことをもっと教えてくれ」とストレートに伝えた方が自分にとっても勉強になるし、相手にもちゃんと知識を伝えられるので、積極的に相手と関わるようなTAになりたいなと思います。
今後TAをめざす学生さんへ、これだけは伝えたいっていうことを教えてください。
松野 これから情報系以外の分野で専門家になっていくとても優秀な学生たちに情報技術の基礎を教えるという、大事な役目を担っていると思います。責任持って情報技術を活用していく第一歩となるような意識を持ってやっていただけたらなと思います。
屋代 自分の経験してきたことを頭で理解するのと相手に伝えることは難易度がまったく違うので、自分の力にもなるぞっていうところで積極的に挑戦してほしいなって思います。うちの大学は英語が苦手な人も多いと思うんですけど、英語開講でもなんとかなるので、逃げずにやってみてほしいな、チャレンジしてみてほしいなと思います。それから、TAとして大人数の人を受け持つという経験をしておくと、就活とかで意外と反応がいいんですよね。
お二人は就職を希望されてるんですか?
松野 そうですね。方向はまだ決めかねてて、今迷ってるって感じなんですけど、データサイエンス系の、自分が専門としている分野に近い企業でデータ分析の業務を行う方向と、もう一つはウェブ開発系っていうか、ウェブのアプリケーションを作るという方向です。どちらもインターンシップを受けていて、どちらにしようか悩んでるところです。
屋代 まだ業界は決まってないんですけど、今やってる創薬系の研究をどうやって社会実装していくかなっていうことを考えているので、自分の研究を活かせる企業に入社したいですね。こういうとこ行ってみたいなっていうのはいくつかあります。

教える経験を積むことができるプログラムというのは新しい。
ご自身の研究分野について、DS・AIとのつながりも含めてちょっと教えてください。
松野 僕の研究分野は、情報工学の技術を使って創薬(新しい医薬品の開発)を効率化するケモインフォマティクスです。ニューラルネットワークを使って創薬を支援するデータ分析のプログラムを作成しています。DS・AIは、得られた結果がどれくらい有用なのか解釈するために欠かせません。一部の授業ではニューラルネットワークに関してもちょっと触れているんですが、研究ではグラフニューラルネットワークというニューラルネットワークの1種を主に使っているので、そういう点でもつながりがあります。
屋代 僕も同じ研究室なんですけど、今の研究テーマは最近話題のChatGPTなどで知られている大規模言語モデル(LLM)を用いて、創薬にどうやって活用していこうかという研究を行っています。出た結果は結局データを見ないとわからないことだったりするので、データサイエンスが必要になってきます。そして大規模言語モデルがどういう仕組みでできているのか、どういう歴史があるのかなどを見ていくと、その背景にはAI(人工知能)があるんです。
話は受験時代にさかのぼりますが、なぜ情報系を目指したのですか?
屋代 僕、結構ゲームが好きで、あの頃はVRが出た当初ですごく話題になっていて、VR系というかヒューマン・コンピュータ・インタラクションをやるためには情報工学系だ!というので東工大へ行こうと決めました。今でもゲームは“たしなむ”程度にやっています(笑)。
松野 高校の時は情報理工が何を扱っているのか深くは考えてなくて。でも、機械学習が世間の潮流になり情報理工の人気も上がっていたので、とにかく入ってみようと思いました。後から入ろうと思うと難しいそうなので、入ってから違うと思ったら違う分野に行こうと思ったのが正直なところです。ゲーム開発も情報系だということも後押しになりました。あと数学が好きだったので、数学と情報の親和性が高くて、そういう面ではよかったなと思っています。期待以上?うーん、まあ期待してた通りくらいですかね。
しめくくりに、TF育成プログラム(TAとしての教える経験とDS・AIの専門性を総合的に評価し、認定する制度)への期待や要望をお聞かせください。
屋代 TAをすると「教える」という意識になって、言語化しよう、うまく伝えようっていう工夫をすることができると思います。TAになることを後押ししていくことで、教えることができるくらい理解が深まった人が増えるのならばいい仕組みかなと思います。今はTAって一人で取り組んでいるイメージですが、TAをしている他の人とつながりができて、教えるにはどういう風にすればいいかという議論が盛んになっていけば、切磋琢磨する環境が作れそうでいいなって思いますね。外部からフィードバックもらえるっていう環境は必須になってくるのかなと思います。
松野 教える経験を積むことができるプログラムというのは新しいし、これからのキャリアで確実に必要になってくることだと思うので、とても面白いと思います。例えば、学生のグループワークでの議論を行って出てきた疑問をTAが解説し、そのフィードバックをもらうなど、実際に教える能力が上がっていく仕組みになっていってくれると嬉しいです。

天の声
就活の「ガクチカ」(学生の時に力を入れたこと)として、TAを挙げるメリットを屋代さんもおっしゃってましたね。ただ、本人が話すだけではなく、客観的な視点として、大学が彼らの能力をちゃんと証明してあげたほうがいいと、個人的には思うんです。だからTF育成プログラムは、経験に加えて専門性も見ますし、審査過程もあるんですね。
また、彼らみたいな、貴重なDS・AI人材の活躍無くして私が担当している演習授業は成り立ちません。だから、TF育成プログラムは育成プログラムではあるけれども、教育実習ではなく、彼らの活躍に感謝してTAとして給料をお支払いして然るべきだと。同時に、給与という形でチャレンジする気持ちを後押しして、結果として彼ら自身が成長してくれれば、教育としても良いですよね。(演習科目担当教員 柳澤)